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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10895号 判決

原告 益田雅弘 外一八名

被告 八洲測量株式会社

主文

被告は原告橋本栄嗣に対し、金一円及びこれに対する昭和五〇年五月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、別表(一)の1ないし19の各最終請求額欄記載の各金員及びこれらに対する右各表記載の各支払期日欄に対応する請求額合計欄記載の各金員に対して各支払期日欄記載の各期日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決(原告勝訴の場合には仮執行免脱の宣言)を求める。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

(一)  当事者

1 原告らはいずれも、昭和五〇年三月に学業を終えて同年四月一日から被告に新入社員として勤務している(後記の表に退職の旨の記載のある者については、それぞれ記載の日をもつて退職―但し原告久藤については休職―した。)ものであつて、その出身校名及び被告内での所属はそれぞれ次の通りである。

(1) 益田雅弘 東海大学・開発部開発課・昭和五二年三月三一日退職

(2) 中沢友三 駒沢大学・航測部第一課・昭和五三年三月三一日退職

(3) 藤野英二 東海大学・測量部第一課・昭和五一年八月三一日退職

(4) 龍田龍男 東北工業大学・東北出張所

(5) 橋本栄嗣 東海大学・東北出張所

(6) 榎本吉一 法政大学・航測部第二課・昭和五一年二月一二日退職

(7) 福本益夫 日本大学・航測部第一課

(8) 内野弘光 東洋大学・営業部

(9) 河西壽人 駒沢大学・営業部・昭和五二年一月三一日退職

(10) 住田伸治 中央工学校・測量部第三課・昭和五二年一〇月三一日退職

(11) 高田誠治 九州測量専門学校・測量部第一課

(12) 堀口治喜 国土建設学院・測量部第二課

(13) 黒田一弘 東京測量専門学校・東北出張所

(14) 梅田弘雅 国土建設学院・室蘭出張所・昭和五〇年一二月三一日退職

(15) 玉井秋男 国土建設学院・測量部第二課・昭和五一年三月二五日退職

(16) 大沢勝吉 大館工業高等学校・測量部第三課

(17) 久藤清文 熊本農業高等学校・測量部第二課・昭和五二年四月一日休職

(18) 上野輝美 牧ノ原高等学校・測量部第三課

(19) 荒木淑雄 成田農業高等学校・測量部第二課・昭和五三年三月三一日退職

また、原告らはいずれも全国建設及建設資材労働組合(略称「全国建設」)の組合員であつて、被告従業員で組織する全国建設八洲測量支部(以下「組合支部」と略称する。)の支部員でもある。

2 被告は地上測量・航空写真測量・水路測量等測量全般及び海洋地質その他の調査等を目的とする資本金一億五〇〇〇万円の株式会社であつて、肩書地に本社を有する他、全国一一か所に作業所・出張所を有し、総従業員数は二四〇名余である。

(二)  雇用に至る経緯

被告が昭和五〇年度新入社員を採用するために行つた求人活動及びこれに対する原告らの対応は次の通りである。

1 被告は、昭和四九年六月上旬ころ東海大学ほかの大学に対し、同年九月ころ中央工学校ほかの測量専門学校(以下「測専」という。)に対し、また、同年六月ころ新宿公共職業安定所及び各高校に対し、それぞれ求人斡旋を依頼すると共に求人票を提出したが、右求人票の記載によつて提示した一か月あたりの賃金額は、基本給として大学卒の者(原告中では前記の通り、益田、中沢、藤野、龍田、橋本、榎本、福本、内野及び河西が該当)に対して八万円、測量専門学校一類(年限一年)卒の者(原告中では住田、高田、堀口及び黒田が該当)に対して七万一〇〇〇円、同二類(年限二年)の者(原告中では梅田及び玉井が該当)に対して七万四〇〇〇円、高校卒の者(原告中では前記の通り、大沢、久藤、上野及び荒木が該当)に対して六万六〇〇〇円であり、その他入寮しない者に対する住宅手当四〇〇〇円、測量士補の資格を有している者に対する資格手当六〇〇円、営業部勤務の者に対する営業手当一五〇〇円であつた。

求人側が求人票に賃金を記載することは、詐欺的募集等の弊害を除去した近代的な労働契約関係の成立と労働者の保護とを意図して設けられた職業安定法第一八条、労働基準法第一五条の労働条件明示義務の履行としてされるものであり、また求職者側にとつては唯一の拠り所となるものであるから、仮にこれが「見込」として記載されていた場合でも、これは求人側において、「少なくとも求人票記載の賃金は確実に支払を保障する」趣旨の金額であると解するのが両当事者の意思に合致し、従つて求人側は労働契約締結の際にこれを下回る賃金を提示することができず、また労働契約締結の際に労働条件を明示しない場合(本件はこれに該当する。)には、求人申込の際に明示された労働条件がそのまま労働契約の内容になるという意味での拘束力を有するものと解するべきである。

2 原告らはいずれも卒業後被告で働くことを希望して昭和四九年の前記求人に応募し、同年夏ないし秋施行の採用試験を受けて合格と判定され、左記日時ころに被告が発した採用試験合格通知を受領した。

益田、中沢、藤野、龍田、榎本及び福本  七月八日ころ

橋本                  七月二二日ころ

荒木                 一〇月一二日ころ

久藤及び上野             一〇月一八日ころ

内野、河西及び住田          一〇月二一日ころ

高田                 一〇月二八日ころ

堀口、梅田及び玉井          一一月六日ころ

大沢                 一一月一九日ころ

黒田                 一一月二八日ころ

右通知は事実上のいわゆる採用内定通知であるが、企業の求人募集が労働契約の申込の誘引であり、これに対する新規学卒予定者の応募又は受験が申込に該当するところ、求人側の採用内定通知の発信は、応募者の成績、健康診断の結果及び身上調書の結果を基礎とした総合的な判断に基づく雇用の意思の外部的な表明であり、一連の採用手続の中で求人側としては最も慎重且つ高度な判断を経た選択権の行使の結果であつて、雇用の意思を明確にしたもの、即ち申込に対する承諾の意思表示と解すべきである。

そして前記日時(合格通知の発信時)のころ、被告は原告らに対して特に労働条件を明示した事実がないから、各原告と被告間に前記求人票記載の賃金等を内容とする各労働契約が成立したものというべきである。なお同契約は、入社日から効力が発生するという始期付労働契約であり、かつ翌春において原告らがその在籍中の学校を卒業できないという事態を解除条件とするものである。

なお原告住田については、同原告が在籍していた中央工学校に提出された被告の求人票の記載は「基本給七万〇三〇〇円以上」であつたが、他の測量専門学校一類卒業の者と区別されるいわれはなく、同一労働同一賃金の原則からしても、他の測量専門学校(一類)に提出された求人票記載の基本給額(七万一〇〇〇円)を下回らないということが、労働契約の内容になつているものと解するべきである。

3 前記合格通知の発送と共に、被告は各原告に対し、出社勤務約定書と称する書式を送付して、親権者と連署の上で、卒業と同時に出社して勤務し、かつそれまで入社取消等の行為を一切しないことを確約させた。

仮に前記2記載の時点で労働契約が成立していなかつたとしても、右の如く各原告が被告に対し、その求めに応じて出社勤務を確約した段階で前項同様の始期付解除条件付労働契約が成立したものである。

なおその後昭和五〇年四月一日の入社日まで、原告らと被告間に右基本給額を変更する旨の合意や話合いはされていない。原告らは入社二か月位前に被告から、「本年は例年と異なり初任給を含めた給与・賞与には何等かの影響が出るものと予想されますが、そのような事態を避けるべく最大の努力を致す所存であります」と述べた書面を受け取つたことはあるが、このように抽象的で内容不明確な文書を受領したからといつて、原告らが求人票記載の賃金の減額に同意したことにはならない。

(三)  入社後の情況及び昭和五〇年度の賃金

1 被告は昭和五〇年四月一日、入社式の後に原告ら新入社員に対し、入社後三か月間は試用期間でその間は日給月給であること及びその間の日額は大学卒で三二三〇円、測専一類(一年制)卒で二八三〇円、同二類(二年制)卒で二九六〇円、高校卒で二六九〇円である旨を説明した。

原告らはその後、右日額に従つて試用契約を締結したのであるが、これは被告が月額基本給を明らかにしないため、原告側で被告の担当係員の説明及び就業規則・給与規程に従つてそれぞれ二五倍してみたところ、求人票記載の基本給とほぼ同程度となるので、少なくとも求人票記載の賃金は支払われるものと理解したためである。

2 前項記載の試用期間の件及び右期間中の日給の件はいずれも前記求人票の上でも就業規則の上でも明示されていないものであるため、組合支部の要求及び渋谷労働基準監督署の改善指導により、被告は同年六月三〇日、四月一日に遡つて月給制に改め、月給と日給月給の差額を各原告に支払つたのであるが、その際明示された月額基本給は、前記求人票に記載され、且つ前述した労働契約の内容となつている基本給額(大学卒八万円、測専一類卒七万一〇〇〇円、同二類卒七万四〇〇〇円、高校卒六万六〇〇〇円)を下回つて大学卒七万四四〇〇円、測専一類卒六万五一〇〇円、同二類卒六万八二〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円であつた。被告は原告らに対し、翌昭和五一年三月末日まで右割合によつて支払つた(支給日は毎月二五日)ので、毎月原告らについて、大学卒五六〇〇円、測専一類卒五九〇〇円、同二類卒五八〇〇円、高校卒四〇〇〇円の割合による賃金の一部不払が生じた(別表(一)の1ないし19の各基本給請求額欄記載の通り)。

(四)  昭和五一年度の賃金

1 原告らの加入する組合支部と被告は、昭和五一年度定期昇給及びベースアツプについて昭和五一年三月ころより団体交渉を行い、同年七月七日、左記内容で妥結した。

(1) 同年度(同年四月一日から翌昭和五二年三月三一日まで)の昇給率は、平均基本給の平均九パーセントとする。

(2) 中途採用者等の調整は別に行う。

右妥結の結果、原告らの基本給及び昇給率は次の通りとなつた。

原告福本     八万三二〇〇円 一一・八二パーセント

その余の大学卒者 八万三一〇〇円 一一・六九パーセント

測専一類卒者   七万二九〇〇円 一一・九八パーセント

高校卒者     六万九二〇〇円 一一・六一パーセント

(測専二類卒とされる原告梅田及び同玉井は前記の通り、いずれも昭和五一年三月三一日以前に退職。)

2 原告ら及び組合支部は右団体交渉の席上、原告らの賃金を求人票記載通りに改めること及びその他の従業員についてもこれに応じた調整をなすことを求めたが、被告が原告らの昭和五〇年度賃金問題について係争中であるとしてこれに応じなかつたため、同五一年度春闘妥結のためにとりあえず基礎賃金(同五〇年度基本給)については原告らと被告間で争いがあるものとして留保し、原告らの同五一年度賃金は本訴で争うこと及び昇給率についてのみ妥結することについて合意が成立し、前記妥結に至つたものである。原告らの本来の同五一年度基本給は本来の同五〇年度基本給である求人票記載の基本給に前記の各昇給率を乗じて次の通りとなる。

大学卒   八万九三六〇円(但し原告福本については八万九四六〇円)

測専一類卒 七万九五一〇円

高校卒   七万三六七〇円

(いずれも一〇円未満切上)

3 従つて原告らにつき、本来の同五一年度基本給と現実の支給額との左記差額が支給日である毎月二五日から賃金の一部不払となつている(別表(一)の1ないし19の各基本給請求額欄記載の通り)。

大学卒者   六二六〇円

測専一類卒者 六六一〇円

高校卒者   四四七〇円

(五)  昭和五二年度の賃金

1 被告及び組合支部は、昭和五二年度定期昇給及びベースアツプについて昭和五二年三月ころより団体交渉を行い、同年六月三〇日に左記内容で妥結した。

(1) 同年度(同年四月一日から翌昭和五二年三月三一日まで)の昇給率は、平均基本給の平均九・二パーセントプラス一律〇・五パーセントとする。

(2) 中途採用者及び学卒採用者の調整は〇・三一五パーセントとする。

右妥結の結果、原告らの基本給及び昇給率は次の通りとなつた。

大学卒原告のうち、中沢 九万三七〇〇円 一二・七五パーセント

同福本         九万四〇〇〇円 一二・九八パーセント

その余の大学卒者    九万三八〇〇円 一二・八七パーセント

測専一類卒者      八万二二〇〇円 一二・七五パーセント

高校卒者        七万七六〇〇円 一二・一三パーセント

2 右団体交渉の席上、原告ら及び組合支部と被告との間で(四)2記載と同様のやりとりが行われたが、前年の場合と同様、組合支部と被告との間で基礎賃金(同五一年度基本給)について合意に達することができなかつたため、原告ら及び組合支部は基礎賃金については被告との間で争いがあるものとして留保し、原告らについては本訴で争うこととし、昇給率についてのみ妥結することになつたものである。従つて原告らの本来の同五二年度基本給は本来の基礎賃金である同五一年度請求額に前記の各昇給率をそれぞれ乗じて次の通りとなる。

原告中沢      一〇万〇七六〇円

同福本       一〇万一〇八〇円

その余の大学卒原告 一〇万〇八六〇円

測専一類卒者     八万九六五〇円

高校卒者       八万二六一〇円

(一〇円未満切上)

3 従つて原告らにつき、本来の五二年度基本給と現実の支給額との左記差額が支給日である毎月二五日から賃金の一部不払となつている(別表(一)の1ないし19の各基本給請求額欄記載の通り)。

原告福本     七〇八〇円

その余の大学卒者 七〇六〇円

測専一類卒者   七四五〇円

高校卒者     五〇一〇円

(六)  残業割増金及び機械勤務手当について

1 被告においては残業割増金は賃金(基本給、住宅手当、資格手当及び営業手当の和。但し住宅手当は受給しない者についても残業割増金の計算にあたつてはこれを加算し、営業手当は該当者につき昭和五〇年六月以降の分について加算する。)を月平均労働時間で除した商(円未満切上)に一・二五(昭和五二年七月一三日以降は一か月四〇時間を超えた分については一・三、深夜残業の場合は一・五)を乗じて残業一時間当りの割増金を計算(円未満切上)し、これに残業時間数を乗じた積(円未満切上)であるところ、原告らの入社時以降の残業時間は別表(二)の1ないし19の各「時間数」欄記載の通りであり、また月平均労働時間は左記の通りであつたので、原告らは被告から請求の原因(三)1、(四)1及び(五)1記載の各賃金に前記の計算式を適用して、別表(一)の1ないし19の各「時間外手当既払い額」欄記載の残業割増金を支給された。

同五〇年四月一日ないし同五一年三月三一日(同五〇年五月ないし同五一年四月支払分) 一六八・四二

同五一年四月一日ないし同五二年三月三一日(同五一年五月ないし同五二年四月支払分) 一六六・七五

同五二年四月一日以降(同五二年五月以降支払分) 一六七・〇四

(なお原告らの諸手当受給状況は別表(四)記載の通り。)

2 しかしながら原告らの労働契約上の本来の賃金は、昭和五〇年度、同五一年度及び同五二年度につき、それぞれ(二)2、(四)2及び(五)2項記載の通りであるから、これに基づいて本来の残業割増金を計算し直すと別表(一)の1ないし19の各「時間外手当本来の額」欄記載の通りとなつて、前項記載の既払割増金との差額が未だに不払である。

3 また原告橋本については、同原告の同五〇年五月受給の残業割増金は別表(二)の5記載の時間数に前記計算式を適用して、被告主張の賃金によつても一万七一九九円となるべきところ、同原告が現実に支給を受けたのは一万七一九八円であつたので、差額一円が未払である。

4 原告中沢及び同福本は機械勤務手当を支給されるべき地位にあるが、右手当の金額は賃金(基本給と資格手当の和)を月平均労働時間(本項1記載の通り)で除した商(円未満切上)に〇・二五を乗じ(円未満切上)、更に機械勤務時間を乗じたものに三〇〇〇円を加算した金額であるところ、右両名の機械勤務時間は別表(三)の1及び2記載の通りであつたので、これらに基づいて右両名が支給を受けてきた同手当は別表(一)の2及び7の各「機械勤務手当既払い額」欄記載の通りである。

5 しかしながら右原告中沢及び同福本の本来の機械勤務手当は、前記の残業割増金と同様に、原告らの主張している本来の基本給に基づいて支払われるべきであり、これに従つて右手当金額を計算し直すと別表(一)の2及び7の各「機械勤務手当本来の額」欄記載の通りとなつて、前記既払機械勤務手当との差額が未だに不払である。

(七)  夏期及び年末一時金について

1 組合支部及び被告間で合意に達した夏期一時金及び年末一時金に関する事項並びに原告らの支給率は次の通りである。

昭和五〇年年末分

支給額 (平均基本給及び家族手当)の二・三五か月分

支給日 同年一二月二二日

原告らの支給率

益田、中沢、藤野、橋本、住田、高田、堀口、黒田、玉井及び上野 二・二九三か月分

龍田                             二・二三五か月分

榎本、福本及び久藤                      二・三二七か月分

内野                             二・二五九か月分

河西                             二・二三四か月分

梅田                             二・一七〇か月分

大沢                             二・二七七か月分

荒木                             一・九一二か月分

昭和五一年夏期分

支給額 新平均基本給の一・七か月分

支給日 同年七月二三日

原告らの支給率

益田、内野、住田、高田及び上野                一・六五七か月分

中沢                             一・五八一か月分

藤野                             一・六五一か月分

橋本及び榎本                         一・六四五か月分

福本                             一・六八一か月分

河西                             一・五八七か月分

堀口及び黒田                         一・六四四か月分

大沢                             一・五九三か月分

久藤                             一・六六九か月分

荒木                             一・五〇七か月分

同年年末分

支給率 平均基本給の二・七か月分

支給日 同年一二月二七日に二・五か月分

翌昭和五二年一月一四日に〇・二か月分

原告らの支給率

益田                             二・四六六か月分

中沢                             二・二四九か月分

龍田                             二・四三〇か月分

橋本及び河西                         二・四一二か月分

福本                             二・二五三か月分

内野                             二・三九四か月分

住田、堀口、黒田、大沢及び上野                二・四五二か月分

高田                             二・三九四か月分

久藤                             二・四八九か月分

荒木                             一・九九二か月分

昭和五二年夏期分

支給額 平均基本給の一・八二か月分

支給日 同年七月二二日

原告らの支給率

中沢                             一・六三八か月分

龍田及び内野                         一・七九九か月分

橋本                             一・八二七か月分

福本                             一・六三九か月分

住田                             一・七五九か月分

高田                             一・八二六か月分

堀口                             一・七二六か月分

黒田                             一・七八六か月分

大沢                             一・七七三か月分

久藤                             一・三九八か月分

上野                             一・七八七か月分

荒木                             一・七四六か月分

同年年末分

支給額 平均基本給の二・七五か月分

支給日 同年一二月二七日

原告らの支給率

中沢                             二・三五三か月分

龍田、橋本及び内野                      二・七三八か月分

福本                             二・四七三か月分

高田                             二・五九八か月分

堀口                             二・五四八か月分

黒田                             二・七一九か月分

大沢                             二・五三七か月分

上野                             二・六七九か月分

荒木                             二・六二八か月分

原告らは前記合意に基づき、右支給率に従つた一時金の支払を受けた。

2 右支給金額は、原告らが本来受けるべき基本給(昭和五〇年度については求人票記載の賃金、同五一年度以降についてはこれを基礎賃金として計算した賃金、即ち原告らが本訴で主張している賃金)に従つて計算すべきところ、被告がこれに応じないため、とりあえず一時金について妥結するため差額は本訴で請求することとし、被告もこの点を承諾して妥結に至つたものである。

従つて本訴において原告らの昭和五〇年度基本給が原告ら主張の通りであることが確定されれば、前記各一時金も当然これに基づいて算出し直すことになるが、これと前記の支払済一時金との差額が別表(一)の1ないし19の各「一時金請求額」欄記載の金額である。

(八)  よつて原告らは被告に対し、後記の範囲内における賃金(基本給、残業割増金、機械勤務手当及び一時金)の未払分合計額(別表(一)の1ないし19の各最終請求額欄記載の通り。なお原告橋本については(六)3記載の通り、被告の計算違によつて未払である残業割増金差額一円を含む)及びこれらに対する履行期である各支払日(別表(一)の1ないし19の各支払期日欄記載の通り)の翌日から民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

1 原告龍田、同橋本、同福本、同内野、同高田、同堀口、同黒田、同大沢及び同上野

昭和五〇年四月一日から昭和五三年五月三一日までの分

2 その余の原告

昭和五〇年四月一日からそれぞれの退職の日(請求の原因(一)1記載の通り)までの分 但し原告久藤については昭和五〇年四月一日から休職の日である昭和五二年四月一日の前日までの分

なお原告榎本及び同玉井はいずれも月の途中で退職しているので、それぞれ当時の基本給を二五で除して日額を定め(一〇円未満切り上げ)、これに出勤日数を乗じて支給されるべき額を算出した。

二  請求の原因に対する認否

(一)  1 請求の原因(一)1は、原告らが全国建設及び組合支部の構成員であるとの点は不知、その余は認める。

2 同2は認める。

(二)  1 同(二)1のうち、被告が原告ら主張の求人票を提出して求人斡旋を依頼したこと及び右求人票の一部に原告ら主張の各金額の記載のあつたことは認めるが、その余は否認する。

東海大学(原告益田らの在籍した海洋学部)に提出した求人票には昭和五〇年度見込額ではなく同四九年度実績額を記入したので、原告ら主張のような記載はない。

原告住田が在籍していた中央工学校(測専一類)に提出した求人票上の記載は見込額七万〇三〇〇円である。

原告梅田は測専一類の他に土地区画整理本科の課程を終了していたので、被告は同原告について入社後、好意的に測専二類卒と同等に扱つていたが、元来同原告は測専一類卒を対象とした求人票を見て被告に応募したものである。

更に重要なことは、被告が提出した求人票記載の賃金はいずれも見込額であることが明示されており、入社時において決定される賃金額の大まかな見込を示したに過ぎないのであつて、被告は右金額の支払を約したことはないということである。従つて被告は右金額に拘束されないだけでなく、原告らの援用する職業安定法第一八条等は行政指導に関する規定であつて本来労働契約の効力を左右できるものではない。更に後記の通り、被告は実際の給与額が見込額を下回ることについて事前に原告らに通知し了承を求めていたのであつて、全く問題となる余地のないものである。

2 同2のうち、原告らが被告会社に応募して採用試験に合格したこと及び主張のころ合格(採用内定)通知の発送・受領があつたことは認めるがその余は争う。採用内定は、労働契約の締結過程であつて、後日における本契約の締結を予想した予約に過ぎない。原告らと被告間で本件労働契約が成立したのは後述の通り、昭和五〇年四月一日である。

3 同3のうち、出社勤務約定書を提出させたことは認めるが、その余は争う。

なお被告は昭和五〇年一月下旬ころ、原告らに対して会社の近況を通知し、深刻な不況下で前途は楽観を許さない旨を説明して内定者らの理解と協力を求めたので、この段階において入社後の給与が見込額を下回ることがあり得ることは原告らに伝わつていたものである。

(三)  1 同(三)1のうち、前段は認めるが、後段は否認する。被告は原告ら新入社員に対し、学歴別の日額基本給を示して、試用期間中は日給であること、土曜日は日額の半分を支給すること、支給は月一回で毎月二五日とすること及び土曜日が月平均四回あるものと見て各月の支給額は日額の約二三倍となることを説明したのである。右説明に引き続いて原告らを含む新入社員は右説明を了承した上契約書にそれぞれ署名押印したのであつて、各原告と被告間に労働契約が成立したのはこの時である。

2 同2のうち、当時の求人票・就業規則上、試用期間及びその間の給与支払方式が明確でなかつたこと、組合支部から要求のあつたこと、渋谷労働基準監督署から改善指導があつたこと、被告が四月一日に遡つて原告らについて月給制に改めてその差額を支払つたこと及び給与支給日が毎月二五日であることは認めるが、その余は否認する。労働契約上の月額基本給は被告が支払つた通り、大学卒七万四四〇〇円、測専一類卒六万五一〇〇円、同二類卒六万八二〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円である。

(四)  1 同(四)1のうち、組合支部との妥結内容及び原告らの新基本給・昇給率は認める。

2 同2は否認する。昭和五一年度賃金交渉に関する労使間の合意は請求の原因(四)1記載の事項に尽きており、その他には同五〇年度新入社員の初任給問題を含めてなんらの合意も留保もない。

また被告における昇給決定は、人件費総額を念頭においてされるので、計算の基礎となつた人件費の額が変動すれば当然昇給率も変わつてくるのである。即ち同五一年度の昇給に関する協定は同五〇年度に現実に支払われた基本給額を前提として締結されたものであり、原告らが主張している金額を基本給額とすれば前記の昇給率によることは不可能である。

更に前記昇給分には学卒採用者の調整(同五一年度分については、同五〇年度末基本給総額の〇・二二九パーセント、具体的金額は大学卒一人当り一一〇〇円、測専一類卒一人当り五〇〇円であつた。)が含まれていて、本来の昇給率を計算するには右調整分を控除しなければならない。

3 同3は争う。

(五)  1 同(五)1は認める。

2 同2は否認する。この点に関する被告の主張は前記(四)2と同一である。なお昭和五二年度の学卒採用者の調整は同五一年度末基本給総額の〇・二〇一パーセントであつて、大学卒一五〇〇円、測専一類卒五〇〇円であつた。

3 同3は争う。

(六)  1 同(六)の1のうち、原告らの残業時間数及び既払額については左記の点を除いて認める。

原告福本の昭和五一年一〇月の残業時間数は一、同高田の同年同月の残業時間は一一である。

同龍田に対する同五一年七月の既払額は二万三四三六円、同福本に対する同年一〇月分は二万一六七四円、同黒田に対する同五〇年五月分は一万五三四四円、同年六月分は九三六一円、同大沢に対する同年同月分は六八七四円、同久藤に対する同年同月分は一万三八八八円、同上野に対する同年同月分は六八七四円、同荒木に対する同年同月分は九五七五円である。

2 同2は争う。

3 同4のうち、原告中沢及び同福本が機械勤務手当を支給されるべき地位にあること並びに右両名の機械勤務時間及び既払額が原告ら主張の通りであることは認める。但し同中沢に対する昭和五〇年五月の既払額は三〇三六円、同年六月の既払額は七九二〇円である。

4 同5は争う。

(七)  1 同(七)1のうち、支給額、支給日及び原告らに対する既払額がその主張通りであることは認める。

2 同2は争う。一時金の交渉中に組合支部から求人票記載の基本給に従つて一時金を算出すべきであるという要求が出されたことはなく、また組合支部がこれを裁判によつて請求するということを被告が承諾したこともない。

(八)  同(八)のうち、被告の支払期日がその主張通りであつたことは認めるが、その余はすべて争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  被告が資本金一億五〇〇〇万円の地上測量、航空写真測量、水路測量等測量全般及び海洋地質その他の調査等を目的とする会社であること、昭和五〇年度新入社員募集のため、昭和四九年六月上旬ころ東海大学ほかの大学に対し、同年九月ころ中央工学校ほかの測量専門学校に対し、また、同年六月ころ、新宿公共職業安定所及び各高校に対し、それぞれ求人票を提出して求人斡旋を依頼し、原告らはこれに応募して採用試験に合格したこと、被告は原告らに対して右合格通知書を送付し、更に、原告らは被告に対して出社勤務約定書を提出したこと、原告らがいずれも昭和五〇年春にその学業を終え、同年四月一日から被告の新入社員としてその主張通りの職場(請求の原因(一)1)において勤務していたことについては当事者間に争いがない。

二  原告らは先ず、被告が原告らに対して前記採用試験合格の通知をしたとき、又は、原告らが被告に対して同出社勤務約定書を提出したときに、各原告と被告間に賃金のうち基本給について求人票記載の見込額通りの労働契約が成立した旨主張するので、この点について検討する。

(一)  求人票記載の基本給について

職業安定法第一八条は、「求人者は、求人の申込に当り、公共職業安定所に対し、公共職業安定所は、紹介に当り、求職者に対し、その従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の条件を明示しなければならない。」と定めているが、成立について当事者間に争いのない甲第一七号証及び乙第二七号証によれば、新規学校卒業者の求人の場合には、求人の申込時期と入社時期とに大きく隔りがあつて、求人側が求人票に確定初任給額を記載することが通常の場合困難であるため、昭和五〇年当時、職業安定所等の関係機関もまた、例えば、求人申込当時の現行賃金又は見込給のいずれかを選択して記載することを認め、なお、同五〇年三月新規高校卒業者の求人票中の賃金額の記載に関しても、現行賃金を詳細に記載させたうえ、入社時賃金についてはこれを上回るかどうかを明示させるにとどめ、それ以上の説明、例えば確定額の支給を保障するのか、見込に過ぎないのかなどについてはこれを記載者に委ねており、昭和五二年度の求人のころから、右入社時賃金については、求人側が景気の変動等にかかわりなく、支給を保障できる初任給が明確である場合には、その支払を保障する旨及びその根拠又は資料を記載させるように指導していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

更に、原本の存在、成立とも当事者間に争いのない甲第三号証の一、二(但し二については抹消部分を除く。)、第四号証、第六号証、第二一号証、乙第三号証の二、成立について当事者間に争いのない甲第四五号証、乙第三号証の一(但し推薦者欄を除く。)、同号証の三ないし六、第四号証、第五号証の一ないし四、第六号証の二、原告高田誠治本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第三四号証、証人中村稔の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第三号証の二、第六一号証、第六三号証及び証人中村稔の証言(第一回)によれば、次の事実が認められる。

被告は、前年度の昭和四九年三月の新規学校卒業者の採用募集までは、他の会社と同様に、例えば、大学卒業見込者については、その前年六月ころから関係大学に対して求人の斡旋を依頼するために見込初任給額を記載した求人票を提出し、翌年三月下旬ころに右初任給額(基本給)を決定したうえ、同年四月一日にこれを新入社員に明示して労働契約書を作成していたこと、本件の昭和五〇年三月の原告らの新規学校卒業見込の者に対する求人募集においても、被告は、その賃金(基本給)につき、前年度の初任給額を基礎としてこれに過去の初任給の伸びなどを勘案して新初任給額を算出したが、求人申込の段階では、その支払を保障することが困難であつたため、新初任給(基本給)は例年通り翌年(昭和五〇年)三月にこれを決定し、四月一日に新入社員にこれを明示しようと考えていたので、求人票上の賃金のうち基本給については、次のように記載されていた。すなわち、大学卒業見込の者に対する求人票には、その提出当時(昭和四九年六月)の現行基本給六万七〇〇〇円を上回る「八万円」(なお「以上」と付記されたものもある。)が基本給の「見込額」として記載され、なお、東海大学海洋学部に提出された求人票には「基本給四九年度実績七万二〇〇〇円」と記載されていたこと、測専一類(一年制)卒業見込の者に対する求人票には、その提出当時(昭和四九年九月)の現行基本給六万〇三〇〇円を上回る「七万一〇〇〇円以上」(但し、中央工学校に提出された求人票には「七万〇三〇〇円以上」)が「見込基本給」として記載されていたこと、測専二類(二年制)卒業見込の者に対する求人票には、その提出当時(昭和四九年九月)の現行基本給六万三五〇〇円を上回る「七万四〇〇〇円(以上)」が「見込基本給」として記載されていたこと、更に、高校卒業見込の者に対する求人票には、その提出当時(昭和四九年六月)の現行賃金として「基本給五万五〇〇〇円、住居手当四〇〇〇円(入寮者以外)、合計五万五〇〇〇円又は五万九〇〇〇円」、入社時賃金として「現行賃金を上回る。例年の昇給が一万円以上であるため、四月入社の者は七万円位を見込んでおります。」旨記載されていたこと、右七万円は手当をも含む趣旨であることから、基本給の見込額は六万五〇〇〇円程度であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実に「見込」の語義を併せ考えれば、被告が新入社員の賃金として、大学及び測専卒業見込の者に対しては、多くの場合、求人票にその提出当時の現行基本給を記載しないで、敢えてこれを上回る見込額を記載し、また、高校卒業見込の者に対しては現行基本給を記載し、かつこれを上回る旨明示したことは、後日、被告において右基本給の確定額を決定するに当り、右現行基本給を上回る基本給を保障したものであつて右見込額に相応する基本給を実現するように努力すべき社会的責任を負うものであることは明らかであるが、その上更に被告が原告らに対し、その後景気の変動等があつても、右見込額を基本給として決定することを保障したものであるとまでは認めることができない。

(二)  本件原・被告間の労働契約の成立時期・態様について

前記当事者間に争いのない事実に加え、前掲乙第六一号証、成立についていずれも当事者間に争いのない甲第七ないし第九号証(但し第九号証の手書部分を除く。)、第二四ないし第二七号証(但し第二六号証の冒頭の書込部分を除く。)、第三五ないし第三七号証、乙第七ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証の一ないし一九、第二九号証の一ないし一九、第三〇号証の一ないし一九の各一、二、証人中村稔の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第五一ないし第五九号証、第六二号証、証人野口保、同中村稔(第一回)、同深井幸作の各証言、原告中沢友三、同高田誠治、同大沢勝吉の各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告らはいずれも被告の前記求人に応募し、昭和四九年夏ないし秋に施行された採用試験を受けて合格と判定されたので、被告は原告らに対し、「採用試験合格通知の件」と題する書面を発送して合格したことを通知すると共に、入社については後日連絡する旨及び事情の変更があれば連絡を必要とする旨を通知した。同時に被告は原告らに対し、「出社勤務約定書」と題する書面を送付して、親権者と連署の上で、卒業と同時に被告に出社・勤務すること及び他社への就職や被告への入社取消等の行為をしないことを確約することを求めたので、原告らはいずれも被告に就職することを決意して、同年七月一〇日ころから同年一二月三日ころまでの間に、順次これに応じ、被告に対して右出社勤務約定書を提出した。

2  同年一二月上旬ころ、被告は原告らに対して、出社までの注意事項や計画事項を記載した書面を送付した。

3  同じころ、当時の不況の影響で被告の業績が悪化し、経営が苦しくなつて来たとして、被告は採用内定者を順次会社に呼んでその実情を説明することにし、まず原告中沢ら大学卒予定者三名に対してこれを実施したが、冬休みとか卒業試験などの関係もあつて、一人ずつ面接していては時間が掛りすぎるため、これを書面で説明することに変更し、翌昭和五〇年一月ころ、原告ら全内定者に対し、総需要抑制・金融引締等の影響で会社は楽観を許さない状勢にあること、給与・賞与になんらかの影響が出るものと予想されること及び会社は最大の努力をする所存であるが、内定者の理解・協力を求める旨を記載した総務部長中村稔作成名義の書面を送付した。

4  昭和五〇年一月下旬以降、被告は原告ら内定者に対し、被服寸法調査票、測量士補試験の案内書(高校卒予定者のみ)、行事予定・出社案内・入寮に関する注意事項を記載した書面、新入社員心得、就業規則、誓約書用紙、身元保証書用紙、配属予定地案内、出社日通知用葉書を順次送付し、このうち被服寸法調査票、誓約書、身元保証書及び出社日通知についてはそれぞれ必要事項を記入して被告に返送することを求め、原告らはいずれもこれに応じた(なお前記出社勤務約定書が卒業後間違いなく被告に入社することを確約させたものであるのに対し、右誓約書は、入社後に諸規則を守ることや社運の発展向上に努力することを誓約させたものである)。

5  前記合格者は合計四〇名(大学卒一五名、測専等卒一六名、高校卒九名)であつたが、そのうち一一名(大学卒六名、測専等卒三名、高校卒二名)の者が昭和五〇年三月ころまでに被告への入社を辞退した。

6  同年三月二六日、被告は、新入社員の基本給につき、大学卒七万四四〇〇円、測専二類卒六万八二〇〇円、同一類卒六万五一〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円と決定した。

7  同年三月下旬ころ、被告は入社予定者に対する実習を計画し、原告高田ら若干名が日給二五〇〇円で数日間これに応じた。

8  同年四月一日、被告は原告ら全新入社員を集めて入社式を行い、社長挨拶・新入社員紹介・記念写真撮影等を行つた後、総務部労務厚生課員の野口保が新入社員らに就業規則を説明し、次いで原告ら新入社員は右野口の指示に基づき、各人の氏名・雇用期間・就業場所・給与金額等が記入されていた労働契約書(試用者用)にそれぞれ署名捺印した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、被告の原告らに対する前記合格通知の発送をもつて直ちに原・被告間に労働契約が成立したと解することはできないが、原告らが被告の求めに応じて前記出社勤務約定書に署名捺印のうえこれを被告に提出し、翌春の卒業と同時に出社して勤務すること及びそれまでの間に入社取消等の行為をしないことを約した時点において各原告と被告間に労働契約が成立したものと解する余地はありうる。

しかし、そうだとしても、右時点における本件労働契約は、原告らが当時在籍していた学校をそれぞれ首尾よく卒業し、昭和五〇年四月一日に現実に入社することによつてその効果が生じるものであり、それまでは採用された者が入社を辞退しない旨確約しながら自由に辞退することができたのであるから、いわゆる解除条件付、始期付、解約権留保付契約ともいうべき性格を有していたものと解される反面、その労働条件に関しても、賃金のうち基本給については現行基本給を上回ることだけが保障され、その確定額が後日に留保されていたことは前記認定の通りであり、更に、原告らは、当時求人票を見ていたにすぎなかつたから、その勤務時間、勤務場所等の労働条件についてさえも必ずしも分明ではなく、これらは後日就業規則などの送付によつて明確にされる段階にあつたものということができる。

したがつて、右段階において、各原告と被告間に初任給のうち基本給が求人票記載の見込額通りに確定した旨の原告らの主張は、理由がないものといわざるをえない。

三  そこで、前記の通り留保された原告らの昭和五〇年四月一日入社時の基本給額がいくらに決められたかについて検討する。

前記認定事実に加え、前掲乙第一一号証、第六三号証、成立について当事者間に争いのない甲第四二号証、乙第七三号証、証人深井幸作の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一、二(原本の存在を含む。)、第一九号証、第二〇号証の一、二、証人中村稔の証言(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第二三号証、第二四号証の一、二、第二五号証、第七〇ないし第七二号証、証人中村稔の証言(第一回)、原告大沢勝吉の本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

高度経済成長下にあつたわが国の経済状勢も、昭和四八年末のいわゆるオイル・シヨツク以後その状勢が激変し、一般企業はもちろんのこと、被告のように国及び地方公共団体の事業に依存し、いわゆる公共測量を主体としている業種もまた、政府の総需要抑制策に基づく公共事業に対する国家予算の削減あるいは地方公共団体の税収入の不振による公共事業の縮少によつて、昭和四九年一〇月ころから受注量が著しく減少し、その経営が苦境に陥つたので、被告はこれを乗切るために役員給与の削減、諸経費の削減等に努力したこと、被告は、同四九年六月一日から同五〇年五月三一日までの営業年度の途中である同四九年一一月の中間決算において約三〇〇〇万円の赤字が生じ、その先行きが極めて懸念されることになり、その後若干持直したものの、同年度の経常利益金は六九〇万円余にとどまり(一般に安全経営のための目安は売上げに対する経常利益金の割合が一〇パーセント程度とされているが、この場合には〇・四ないし〇・五パーセントであつた。)、同五〇年六月一日から同五一年五月三一日までの翌営業年度における経常利益金もまた八〇五六万円余(同じくこの場合は約五パーセントであつた。)にとどまつたこと、他の企業もまた同様の経営難に陥り、これが同五〇年三月新規学卒見込の者に対する初任給にも影響し、企業全体についてみると、初任給(但し所定労働時間内賃金)見込額とその決定額との間に約四〇〇〇円ないし六七〇〇円位の差があつたこと、被告のような測量会社の初任給は通常他の一般企業の初任給よりも低い傾向にあつたこと、被告と同業の訴外国際航業株式会社(資本金五億円)の場合には、大学卒に対する本給見込額は八万二〇〇〇円で確定額は七万二〇〇〇円であつたから、その差は一万円であり、なお同社のその他の本給確定額は測専二年卒六万七〇〇〇円、同一年卒六万四〇〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円であつたこと、同中庭測量株式会社(資本金四五〇〇万円)の大学卒に対する基本給見込額は七万六〇〇〇円以上で同確定額が六万七〇〇〇円(但し、このほかに技能給九〇〇〇円があつた。)であつたこと、同パシフイツク航業株式会社(いわゆるパスコ)の測専卒に対する確定基本給が六万七〇〇〇円であつたこと、国際航業株式会社は昭和五〇年二月一九日付で、またパシフイツク航業株式会社は同月二一日付で右各確定初任給を関係者に通知したこと、被告もまた、同年一月末ころ、原告らを含む関係者に対して右会社の実状を訴えて入社時の初任給にも影響がありうる旨の書面を送付したこと、これを読んだ者の中には被告への入社を辞退したり、あるいは、被告への就職を心配して当時在学中の学校の担当教師と相談した者もあつたこと、被告は右のような不況下の苦しい経営状況にあつたため、やむなく新入社員の基本給についても前記見込額より低い額を決めざるをえないことになり、同年三月中旬ころ、大学卒七万四四〇〇円(見込額より五六〇〇円少ないが、現行基本給より七四〇〇円多い。)、測専二類卒六万八二〇〇円(見込額より五八〇〇円少ないが、現行基本給より七二〇〇円多い。)、同一類卒六万五一〇〇円(見込額より五九〇〇円少ないが、現行基本給より七一〇〇円多い。)、高校卒六万二〇〇〇円(見込額より三〇〇〇円位少ないが、現行基本給より七〇〇〇円多い。)という案を作成し、そのころこれを組合支部に提示して説明したうえ、同月二六日の被告取締役会においてこれを決定した。更に、同取締役会では、かねて被告において入社後三か月間は試用期間とし、その期間はいわゆる日給月給制とする取扱いであつたため、従来と同様に右基本給額を二三分し、一〇円末満を切り捨てる方法によつて算出した大学卒、測専二類卒、同一類卒、及び高校卒の日額をそれぞれ三二三〇円、二九六〇円、二八三〇円及び二六九〇円と決定した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、昭和五〇年三月下旬に新規学卒見込の新入社員に対する基本給を決定するに至つたが、その額は、不況下にありながらも、求人票提出当時の現行基本給を七〇〇〇円ないし七四〇〇円上回るものであり、この基本給額を同業他社と比較しても、高い方の部類に属していたものということができる。

更に、前掲乙第一七号証、第一八号証の一ないし二九、成立について当事者間に争いのない乙第二一号証、証人中村稔(第一回)、同野口保の各証言、原告中沢友三(第一回)、同高田誠治、同大沢勝吉の各本人尋問の結果(これらについては後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

同年四月一日、入社式の後に原告ら新入社員に対して、給与事務を担当し、かつ、前記基本給の日額計算をした野口保が給与・就業規則・給与規定・社会保険料率等の説明をしたが、その際、当時の就業規則上明文はないが、新入社員は入社後三か月間は試用期間であり、この間は日給月給制であつて、土曜日は半日勤務のため日額基本給の半分となるから、一か月の基本給支給額は日額基本給の二三倍である旨を説明した(これによると、基本給額は、大学卒七万四二九〇円、測専二類卒六万八〇八〇円、同一類卒六万五〇九〇円、高校卒六万一八七〇円となる。)。その後右野口は、新入社員名・雇用期間・就業場所・待遇・給与日額の記入された労働契約書を原告ら新入社員に交付し、原告らはこれにそれぞれ署名捺印して野口に提出したが、この過程において、原告ら新入社員側からは右賃金等に関してなんらの異議、質問も出なかつた。その後被告は、右試用期間及び日給制については、渋谷労働基準監督署の指導に基づいてこれを是正し、かつ、同年六月三〇日、原告らに対して同年四月一日に遡つて前記基本給(大学卒七万四四〇〇円、測専二類卒六万八二〇〇円、同一類卒六万五一〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円)による月給制とする旨通知し、なお前記基本給の二三分の一を算出するにあたつて一円未満を切り捨てたことによつて生じた差額を支給した(被告が渋谷労働基準監督署の指導によつて試用期間及び日給月給制を是正し、同年六月三〇日、原告らに対して同年四月一日に遡つて右基本給による月給制とする旨通知し、かつ差額を支払つたことは当事者間に争いがない。)ことが認められ、原告本人中沢友三(第一、二回)、同高田誠治、同大沢勝吉の供述中右認定に反する部分は、前記証拠に照らして、たやすく信用することができず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告らは、昭和五〇年四月一日、被告への入社に当り、原告らの一か月の基本給が求人票記載の見込額ではなく、原告らの日額基本給の二三倍であることを了知したものと推認するのが相当である。そして、その後、被告により、同月一日に遡つて、右基本給が大学卒七万四四〇〇円、測専二類卒六万八二〇〇円、同一類卒六万五一〇〇円、高校卒六万二〇〇〇円と訂正され、これが右日額基本給の二三倍を上回つているのであるから、原告らの基本給は同月一日から右訂正額に確定したものと解することができる。

そうすると、本件契約の成立に当つて後日に留保されていた原告らの基本給額が前記求人票記載の見込額相当額と決められた事実はなく、かえつて、右見込額より低い金額に確定したことになるから、かかる場合には、原告らは労働基準法第一五条の規定の趣旨に基づいて解除権を有するものと解しうる余地があるとしても、右求人票記載の見込額が原告らの基本給である旨の主張は、理由がないことが明らかであるというべきである。

したがつて、原告らの初任給のうち基本給が右求人票記載の見込額であることを前提とする原告らのその余の主張は、判断するまでもなく、採用することができない。

四  原告橋本の昭和五〇年五月分残業割増金について、同原告は、これが一万七一九九円であるところ、被告はその計算を誤り、右支払期日である同月二三日に一万七一九八円を支払つたにすぎない旨主張し、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。右事実によれば、被告は原告橋本に対して右未払金一円を支払う義務があることが明らかである。

五  以上の次第であつて、原告らの本訴請求は原告橋本が昭和五〇年五月分の未払残業割増金一円及びこれに対する履行期の翌日である同年五月二四日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるから、これを正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項を適用し、主文の通り判決する。なお右原告橋本の部分に関する仮執行の宣言については、これを必要ないものと認めてその申立を却下する。

(裁判官 古館清吾 吉本徹也 西野喜一)

(別表(一)~(四)省略)

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